イケメン庭師 村雨辰剛が日本を選んだ理由は? なぜ庭師となった?

村雨辰剛(むらさめ たつまさ)という名前を聞いて、知らない人は誰もこんなイケメンを想像しないでしょう。

今、イケメンでマッチョな庭師として、人気急上昇中の村雨辰剛さんについて、イケメン庭師村雨辰剛さんが日本を選んだ理由やなぜ庭師となったのか、プロフィールもあわせてご紹介します。

村雨辰剛(むささめ たつまさ)のプロフィール

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

Tatsumasa Murasame 村雨 辰剛(@tatsumasa.murasame)がシェアした投稿


生年月日:1988年7月25日(31歳)

身長182㎝、B101㎝、W78㎝、H98㎝

血液型:O型

出身地:スウェーデン・スコーネ県
2015年日本に帰化

帰化前の名前:ヤコブ・セバスティアン・ビヨーク

職業:庭師、タレント(YMN所属)

村雨辰剛が日本を選んだ理由は?

村雨辰剛さんは、幼い頃から、いつかスウェーデンを出てみたいという憧れがあったそうです。

その頃はまだ、具体的にどこの国に行くといったものはなくて漠然としたものだったそうで、ただ冒険心はずっと心には秘めていたのでしょう。

日本に興味を持ったのは、中学生の時。

世界史の授業で、日本の歴史について学んだ時に、日本の戦国武将について興味を持ったと言っています。

上杉謙信が武田信玄と敵対関係にあったにもかかわらず、塩不足で困窮していた武田信玄に塩を送ったという話(敵に塩を送るということわざの由来)にも惹かれたそうです。

外国人が日本に興味を持つのは、大概日本のアニメやマンガが多いのですが、村雨さんの場合は歴史の授業なんですね!

日本に興味を持った村雨辰剛さんは、誕生日プレゼントに日本語の辞書をリクエストして、常にその辞書を持ち歩き、高校でも常にその辞書で勉強していたので、「日本人」というあだ名までつけられたとか。

ここでも村雨さんの努力家の一面が見受けられますね。

日本で庭師として働くようになったのはなぜ?

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

Tatsumasa Murasame 村雨 辰剛(@tatsumasa.murasame)がシェアした投稿


日本に興味があった村雨辰剛さんですが、最初から庭師を職業としていたわけではありません。

16歳で日本にホームステイし、高校卒業後アルバイトして、19歳で名古屋でスウェーデン語と英語を教えていました。

そんな中、東日本大震災が起こり、スウェーデンの家族に安心してもらうため、一旦スウェーデンに帰国します。

そこで、日本での生き方について深く考えたそうです。

もし、この時間がなければ、庭師になっていないかも知れませんね。

そして、再び日本へ戻ってきた時に、近くで募集していた造園業のアルバイトとして働くことになります。

ここで、はじめて村雨さんが日本の伝統的な職業の造園の仕事に出会います。

そして、愛知県の加藤造園に弟子入りし、親方のもとで造園を学び、庭師としての一歩を踏み出しました。

親方からは、「私は何も教えないから、あなたは見て盗め」と言われたそうです。

村雨さんは、もともと日本の徒弟制度に憧れがあったそうですが、今の日本の若者には、理解しがたいかも知れませんね。

親方も、最初は不安に思ったが、勉強熱心で、やる気や熱意が伝わってきたと言っています。

常に前向きで積極的に勉強しようという姿勢は、国籍、年齢など関係なく、人の心を掴むのでしょうね。

僕は庭師になった

新品価格
¥1,500から
(2020/1/8 14:57時点)

まとめ

イケメン庭師として、大人気の村雨辰剛さんですが、芸能事務所のYMNに所属しており、芸能活動も行っています。

NHKの筋肉体操では、自慢の筋肉を披露し、バラエティにも出演しています。

勉強熱心で何事にもチャレンジし、なおかつイケメンで謙虚な村雨辰剛さんは、庭師としても、タレントとしてもこれから益々活躍されること間違いなしですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です